日本人の常識を覆す:「考え」がどれほどスゴイのか

人は考えで生きる

人間にとって無くては存在できないものの一つに光があるが、

「考え」も人間に無ければそもそも機能すらできない。

 

「私、実は生まれて一度も考えたことがない。」

と言う人は嘘をついている。

なぜなら、言葉にする以前に考えているため。笑

だから、人は「考え」を持って生きていく。

食事して寝て生きることが当たり前であるように、考えて生きることも同じくこうだ。

光より速いもの

ところで、

光の速度は1秒で地球7週半と言われているが、確実にもっと速いものが存在する。

ニュートリノ!?

いいえ、「考え」だ。

ニュートリノが仮に存在するにしても、やはり考えの方が確実に速い。

例えば、もしあなたが日本から一番遠い南米に行くとしても、考えれば考えた瞬間そこに行っている。

さらには地球に限らず、遠い宇宙の果てまでも同じことが言える。火星にだって、海王星や、アンドロメダまでも瞬間で行くことができる。

「考え」ほど速いものは他に存在しない。

日本人に足りないもの

僕がどうして「考え」の重要性に気付いたのかというと、美術史を学ぶ中で世界の国々、人々、文化、生活を比較する機会があったからだ。

その過程で、日本人があまりにも精神的次元が低いという残念な事実を知るようになった。

物質や技術などの物理的次元はものすごく高いのに、精神的な次元が低い。

このことが原因で様々な問題が発生しているということを知るようになった。

 

マザーテレサがかつて日本に来日した際、

「この国に心の貧困を見た。」

 

という言葉を残しているように、

心が冷めている、関心がないなどの結果として、自殺率は高いし、離婚率も本当に高い。

そして、絵を描く皆さんにとっても残念なこと。

それが、、つまり絵に対しての関心も低いという問題だ。

絵画に関心が低い日本

この記事を読んでくれているみなさんは、何かしら絵に関心のある人が多いと思うが、日本人は世界の中でも絵に対する関心が低い。

このことは、
画家の地位の低さから見ても分かるだろう。どうしてか?

それは挙げれば様々に考えられるが、根本を辿ると歴史に行きつく。

日本人がヨーロッパやアメリカなどの外国人と比べて絵に関心がない最大の理由は何か?

 

まさに学校教育(~高校教育)で美術史を学ばないことである。

日本の教育に問題あり

皆さんも思い返してみてほしい。

美術の授業で何をしたのか・・・。

ひたすら何かを描いていたことだと思う。僕も何かをひたすら描いていた記憶がある。まあ、それはそれで楽しかったが(笑)

これは、大正時代の自由画教育が発端と考えられている。

つまり、風景や人物でも自分が思ったように自由に表現しなさいというものである。これはいいのだが、こればかりになってしまったのが問題だった。

これだけでは、絵の価値を知ることができない。

ヨーロッパでは高等教育で美術史を学ぶのだが、
絵の価値を知るには美術史を学ぶことが一番効果的である!

なぜなら、根本である絵の見方について詳しく学ぶからだ。

絵の価値は「技術」と「考え」で決まる!

美術史で最初に学ぶことが、「絵の見方」だ。

トップページでも簡単に説明したが、絵の見方は2つだけ。

1つ、絵の見た目を楽しむこと。(物理的側面)

2つ、絵が意味していることを考えること。(精神的側面)

これを画家に置き換えると、「技術」と「考え」。

ここで気付く方もいるかもしれないが、先に説明した物理的次元「技術」の高さと、精神的な次元「考え」の低さはここに繋がってくるのである。

魅力的な絵や面白い絵、綺麗な絵、上手い絵はいくらでも描けるのに、それ以上は見るものがない。

皆さん好きであろう深イイ話というのも、どんどん深く掘り下げて行くから面白いのであって、冒頭だけ説明して終わったら薄っぺらい話で終わるどころか、話が成り立たない。

これと同様である。

次元の高い絵を描くためには

次元の高い絵を描くためには、まずは次元の高い作品を知ることから始まり、その次に次元の高い考えを知る必要がある。

このテーマでは、美術史だけでなく脳や考えについて学んだことも一つ一つ詳しく見ていこうと思う。

皆さんにあらかじめお伝えしておきたいことは、僕はこのブログで技術的なことはあまり発信しないつもりであるということ。

技術的に画力を上げたければ他のサイトを見ていただいた方がよほどイイと思う。世の中にはその手のサイトはたくさんあるので。

そういった意味では、このブログは今までにない類のサイトになるだろう。

全く新しいことだから、最初は受け入れられないかもしれない。

それでも僕は突き進めて行く覚悟がある。

これが日本のために僕が出来ることだと自負しているからである。

 

それでは、まずは美術史の基本的であるがとても重要なポイントから見て行くことにしよう。